297mm×420mm 水彩紙






【祖父の手】



沖縄では戦(いくさ)がありました。
沢山の魂が突然人生を失いました。

沖縄には基地があります。
大きな学びを経てなお、戦争の準備機関が置かれています。

基地が戦争をするのではありません。人の心が戦争をしています。
だからまず人の心から戦争を無くさない限り、
現実の戦争も基地も無くなりません。



私も戦争で多くのご先祖を無くしました。大人も子供も沢山です。

生き残った祖父や祖母たちは皆、戦後に生まれた私を、
戦争でなくした方々の分まで愛してくれました。
その恩は感謝という言葉だけでは表せません。
私の一生をかけても返せないほど大きな恩です。


私が幼い頃、祖父や祖母は戦について多くは語りませんでしたが、
戦争の話やニュースになると必ず
「戦とは恐ろしく、そして愚かなものだ」
と私の背中や頭を撫でながら、言葉少なく語りました。

戦でなくしたものを思い出すその寂しそうな目と、
相反する私を撫でる優しい手が
私に戦争という出来事の両面を教えてくれていました。

人は競争や戦争をする事から、その苦しみを知り
「ではどう生きるのが幸せなのか」
をも知ることが出来るのではないでしょうか。

私の祖父や祖母は終わった戦争の細かい内容よりも、
その優しい手と行動でその事を教えてくれていたのだと思います。

ですから私にとって戦争とは、反対すればいいもののではなく
そこから学びとる事の方が大切なものです。


私も自分なりに笑い泣き、懸命に生きる中で
ずっと「真実とは何か」を求めてきました。
また他の方々の人生も沢山見させて頂き関わりながら学びました。


人の意味は愛です。
それ以外の事象は全てそれに気づく為のものです。
私はそう確信しています。

こころの話だけではありません。
この目に見えるものも全て、
一番最初の元々の粒子は愛で出来ていると私は思っています。
太陽も海も木も、もちろん人も。


私にとっての反戦行動とは
戦争に反対することではなく、愛に賛成することです。
心が愛に満ちれば戦争などあり得ません。
それだけが地上から戦争を無くせる唯一の方法だと私は思っています。


今この時代に生きている私たちに出来ることは、
身を犠牲にしてまで教訓を与えて下さった方々に感謝し、
私たち1人1人が、自分の心の中から
戦争を無くしていくことなのではないでしょうか。

これは私たち1人1人が『自分の力でしか』出来ない事なんです。
逆にいうと全員が100%自分の力で出来ることです。


せっかく学んだ事を忘れては、また復習になります。
それは身の犠牲をもって教訓を与えて下さった先祖達に対して
あまりに失礼です。
愛で出来ている自分自身にも失礼です。


あなたに好きな人はいますか?
親や兄弟を愛していますか?
子供や家族を愛していますか?

今あなたが思い出した人。誰でもいいんです。
あなたが愛せる人を、ただ、愛する。
それだけでいいんだと私は思います。


一番大切なものは私たち全員がすでにもっています。
それを使って皆で幸せに生きましょうね。





(2004年)


この絵は2004年頃に、辺野古埋め立てを止め始めた地元住民の方々に寄贈させて頂いた作品です。


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